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「秋のお菓子、甘い記憶」 sweets memory



いがらし ろみ Romi IGARASHI

眩しく、騒がしい夏が過ぎ、涼しい秋風が吹くようになると、急にチョコレート、さつまいも、栗、ヘーゼルナッツなど、こっくりとした味わい深いお菓子が食べたくなる。季節によって味の志向は変化するが、夏から秋にかけての味覚の変わりようは劇的だ。

秋になって魅力がぐっと増すのは、チョコレートと秋の味覚の代表であるマロンではないだろうか。フランス菓子には、この二つを組み合わせたケーキがある。名前は「フィユ・ドートンヌ」。「秋の木の葉」という意味だ。マロンのムースの周りに、薄くしたチョコレートを貼りつけた仕上げや、ドレープのように薄く削ったチョコレートを貼りつけるケーキである。栗のまったりとした風味とムースのふんわりとした食感に、薄いチョコレートがパリパリと、そしてやがて口の中でとろけてマロンの香りの後からチョコレートの濃厚な風味が追いかけていく、なんとも秋らしいお菓子なのだ。

日本で馴染みのあるマロンのお菓子の代表は、やはり「モンブラン」だろう。昔は街角の洋菓子屋さんには必ず置いてあったが、最近はあの懐かしい黄色いケーキはあまり見かけなくなってしまい、フランス風の茶色いケーキが主流になっている。日本で有名なモンブランは、実はフランスではどこのお菓子屋さんにも置いてあるというわけではない。パリのサロン・ド・テ「アンジェリーナ」のモンブランは、茶色いマロンクリームの中にミルキーな生クリームがたっぷりと詰まっていて土台はさっくりしたメレンゲでできている。日本で食べなれていたものとはずいぶんと違って、初めて食べたときには、その甘さと香りの鮮烈さに驚いた。ドイツの国境に近いアルザス地方では、同じモンブランが「トルシュ・オ・マロン」という名前になり、パリよりもポピュラーだった。アルザスはパリよりも先にこのお菓子が浸透していたからだろうか。

また、イタリアのピエモンテ地方にも、おなじような構成の「モンテ・ビアンコ」という名前の家庭のお菓子があるそうな。パリもアルザスも、このピエモンテ地方のお菓子がルーツという説が有力だ。あのパスタのようなマロンクリームの絞り方は、パスタの国イタリアがルーツと思うと、合点がいく。それぞれに歴史があり、作り方や形状も異なり、そういうお菓子の由来を紐解くのはなんと興味深いことか。

モンブラン同様、その出生に歴史ありのお菓子「タルト・タタン」は、りんごをバターと砂糖でキャラメルのようにして、上にパイ生地をかぶせて焼き、ひっくり返して供するというシンプルながら独特なもの。「タタン」とは人の名前で、フランス中部のソローニュ地方でタタン姉妹が営む民宿に、このデザートが出されたことから、この名前が付くようになった。その昔、オーブンで間違えてひっくり返してしまったのを仕方なくお客様に出したところ、おいしいと評判になった・・・・という話もあるが、これは伝説として後で作られたという説もあり。20世紀はじめ、今でいう食べ歩きガイドブックの著者であるキュルノンスキーがこのお菓子を見出して、ガイドに掲載。その後、有名レストランのデザートとして供されるようになり、有名になったというのが経緯のようだ。

秋の夜長、私は美味しいお菓子をいただきながら、その歴史にロマンを馳せる。その地の産物や作った人を思い浮かべながら、空想をめぐらせ、しまいには、あぁお菓子が食べたい・・・・と、いてもたってもいられなくなる。幸せなことに、今の日本ではたくさんのおいしいお菓子屋さんがあり、そのお菓子たちがずらりと並べられている。食いしん坊としては、やっぱり何よりお菓子がおいしいかどうかが、いちばん大切なのである。

いがらし・ろみ

菓子研究家。パリのル・コルドンブルーなどでフランス菓子を学び、Romi-Unieとしてフードイベントや本の制作を手掛ける。2004年、ジャム専門店「Romi-Unie Confiture」を鎌倉に開店。著書に「果物でつくるコンフィチュール」「Milk Tea ロンドンのおいしいお茶とお菓子の時間」など。
※いがらしろみさんがプロデュースするイギリスの伝統的カップケーキを東京スタイルにした専門店「Fairycake Fair/フェアリーケーキフェア」が東京駅エキナカに10月25日オープン。美味しいミルクティも飲めるカフェも併設。

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