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Photography told a story 「写真とは物語である。」



松浦弥太郎 Yataro MATSUURA

ある12月の夜、酒を飲みながら写真について友人と話しあった。写真の善し悪しとはどういうものかと、どちらともなく話題にし、考えを交しあった。

僕は話した。とどのつまり写真というものは読むべきものである。何を読むかというとそこに表現されている物語をだ。良い写真というのは読むべき物語があり、駄目な写真というのは、読むべき物語がひとつもないということである。

たとえば、一枚の写真があるとしよう。それを見た者が、ふと心を捕らわれるということは、何かしら心に引っかかる小さな要素があるということである。その要素こそが物語の断片であり、はじまりである。子どもがぽつんと立っていることを要素としよう。その子どもは一体何をしているのか。その子どもはどこからやってきて、何を考えているのか。これからどうしようとしているのか。まわりにあるものと、どのように関係しているのか。そういうことが次から次へと文章となってうごめいて、あるときは起承転結となって、感動すら与える物語となる。このように見る者の文学的なイマジネーションを駆り立てることが、写真を読ませる、すなわち良い写真の条件である。考えの角度を変えてみる。小説という物語は何百枚なりの原稿用紙に書かれた文章である。では、写真が読むべきものであり、それが物語であるならば、写真はそのたった一枚の描写で、何百枚なり、たとえば数十枚なりの文章を表現しようと試みた行為なのだ。

友人は訊いた。「では、いい写真と駄目な写真の判断はどのようにするのか」。「簡単である。その写真から物語が感じられるか感じられないかだけのこと。難しく考えてはいけない」と僕は答えた。

『グッドバイ・ピカソ』という写真集がある。デヴィッド・ダグラス・ダンカンという写真家が撮ったピカソの日常を写真で編んだ一冊である。長年、僕はこの一冊をまさに長編小説を読むように楽しんでいる。主人公はピカソ。ピカソが恋をし、絵を描き、旅をし、生きる、抱腹絶倒の物語である。そのことを友人に話すと、「なるほど、こんな話しをしていたら、家に帰って、家の本棚にある写真集を読みたくなった。悪いが今日は帰る」。そう言って友人はグラスを置いてそそくさと席を立った。僕も友人の言葉に触発され、急いで家路に着きたくなった。外に出ると街の景色はクリスマス一色でまぶしかった。そうだ、写真とは物語なのである。

まつうら・やたろう

書籍商・文筆家。『暮しの手帖』編集長。2002年に中目黒にブックストア「COW BOOKS」をオープン。著書に『本業失格』『最低で最高の本屋』『くちぶえサンドイッチ』『くちぶえカタログ』などがある。

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